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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)178号 判決

原告

住友電気工業株式会社

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が、同庁昭和六一年審判第二〇一四七号事件について、昭和六三年七月七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続きの経緯

原告は、名称を「四弗化エチレン樹脂多孔性構造物の製造方法」とする登録第八五四六九五号特許発明(昭和四五年八月三一日特許出願、昭和五二年三月三一日設定登録。以下、「本件発明」といい、この特許を「本件特許」という。)の特許権者であるが、昭和六一年一〇月七日本件特許の明細書の訂正をすることについて審判を請求した。特許庁は、同請求を同庁同年審判第二〇一四七号事件として審理し、昭和六三年七月七日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年七月三〇日に原告に送達された。

二  本件発明の訂正前の特許請求の範囲

「四弗化エチレン樹脂一〇〇容に対して一〇〇容~一五容の液状潤滑剤を含む未焼結の四弗化エチレン樹脂混和物を押出または圧延または両者を含む方法で成形した後、未焼結状態で少なくとも一方向に延伸することおよび前記延伸の前もしくは後に前記液状潤滑剤を除去すること、ついでこれを三二七℃未満の温度で熱処理に付することを特徴とする多孔性構造物の製造方法。」

三  本件発明の訂正後の特許請求の範囲

「四弗化エチレン樹脂一〇〇容に対して一〇〇容~一五容の液状潤滑剤を含む未焼結の四弗化エチレン樹脂混和物を押出または圧延または両者を含む方法で成形した後、二五〇℃未満に加熱しながら未焼結状態で少なくとも一方向に一〇〇%以上延伸することおよび前記延伸の前もしくは後に前記液状潤滑剤を除去すること、ついでこれを二五〇℃以上三二七℃未満の温度で熱処理に付することを特徴とする多孔性構造物の製造方法。」

四  本件審決の理由の要点

1  本件審判では、本件特許の明細書の特許請求の範囲を前記三のとおりに訂正しようとするものである。

2  これに対して、当審において昭和六二年七月一三日付けで通知した訂正拒絶理由の概要は次の通りである。

特許請求の範囲の「未焼結状態で少なくとも一方向に延伸し」という要件を「二五〇℃未満に加熱しながら未焼結状態で少なくとも一方向に一〇〇%以上延伸する」とする訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件明細書の記載を検討しても前記要件の「未焼結状態で少なくとも一方向に延伸し」という概念中に「二五〇℃未満に加熱しながら」という概念は含んでいたとは認められないから、本件訂正は特許法一二六条一項各号のいずれをも目的としていないばかりか、特許法一二六条二項の規定に適合していない。

3  これに対して、請求人(原告)は意見書を提出し、四〇℃雰囲気中で延伸した実施例が記載されているから「加熱延伸」の根拠は明白であり、また延伸処理工程を後の熱処理工程と区別することを目的として「二五〇℃未満」と明示的に限定したものであるから、本件訂正は特許請求の範囲を減縮するものであつて、実質的に拡張又は変更するものではないと主張している。

4  そこで、請求人(原告)の右主張について検討すると、明細書には延伸温度については何ら説明されておらず、四〇℃で延伸する実施例があるのみである。そこから、「四〇℃付近で加熱延伸」する概念はあるといえても、四〇℃と二五〇℃ではあまりにもかけ離れていて、直ちに「二五〇℃未満に加熱しながら延伸」する技術が記載されていたとはいえないし、また延伸処理工程と後の二五〇℃以上三二七℃未満の温度での熱処理工程とを区別することを目的としていても延伸温度を「二五〇℃未満」とする必然性は存在しない。

5  したがって、右訂正の拒絶の理由は妥当なものと認められるから、本件訂正は認めることができない。

五  本件審決を取り消すべき事由

本件訂正は、加熱延伸温度を「二五〇℃未満」と限定したものであつて、特許請求の範囲の減縮を目的としていることは明らかであり、訂正後の発明の目的は、訂正前の発明と何ら相違するところがなく、新たな技術的目的、効果を加えたものでないところから、本件訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は、変更するものでないこともまた明らかなことである。そして、前記本件審決の理由の要点の認定は、後記のとおりいずれも事実誤認であつて、この認定を基礎にして、本件訂正を認めることができないとした本件審決の認定判断は誤りであるから、本件審決は違法なものとして取り消されなければならない。

1  訂正の目的について

本件訂正は、特許法一二六条一項一号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

しかるに、本件審決は、本件訂正は特許法一二六条一項各号のいずれをも目的としていないとしているが、誤りである。

2  特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更について

本件審決は、訂正前の明細書の特許請求の範囲に記載の「未焼結状態で少なくとも一方向に延伸し」という概念の中に、本件訂正に係る「二五〇℃未満に加熱しながら」という概念は含んでいたとは認められないと認定しているが、この認定は、本件明細書の記載及び出願時の技術水準を正確に理解していないことに基づく誤つた認定である。

(一)(本件明細書の記載について)

本件発明は、

① 液状潤滑剤を含む未焼結の四弗化エチレン樹脂混和物を成形する工程

② 未焼結状態で前記成形物を延伸する工程

③ 延伸成形物から液状潤滑剤を除去する工程

④ 熱処理(ヒートセツト)工程

からなり、③の液状潤滑剤の除去工程の後に②の延伸工程を採用することもできると規定されている。この液状潤滑剤については、昭和四八年特許出願公告第三四三八九号公報(本件発明にかかる公報。以下、「本件公報」という。)三欄一八行ないし二八行に多数例示されており、それらの沸点をみると、例えば、ソルベントナフサは一〇〇℃ないし一六〇℃、トルオールは一一一℃である。そして、本件発明の液状潤滑剤の除去工程についてみると、本件公報四欄四三行ないし五欄二行に「この延伸は本発明の最も重要とする工程であつて、潤滑剤を含む状態でも、蒸発、抽出等によつて除去した後でも行うことができる。」と記載されている。即ち、延伸成形物から蒸発によつて液状潤滑剤を除去してから延伸する場合には、前記液状潤滑剤の沸点付近の温度に加熱して、潤滑剤を除去してから延伸することになる。このように、蒸発除去工程、延伸工程及び熱処理工程を連続して行うときには、各工程で格別の熱制御を行う場合を別にして、前段の被処理をそのまま処理することが普通であり、特に、前記のように、後段に高温の熱処理工程を控えている場合には、蒸発除去工程からの熱を保有する被処理物をそのまま延伸し、後段の高温熱処理工程に送ることが、熱効率若しくは熱管理の上から当然に行うことであつて、この方法を採用しない特別な事情も存在しない。したがつて、本件発明におけるこの工程の組合せにおいては、延伸温度は、ほぼ蒸発除去工程の温度と解することができる。

なお、本件公報六欄四四行ないし七欄二行には、「このようにして得たシートを最終圧延方向に四〇℃雰囲気中で・・・・延伸を行う」実施例が記載されているが、その前段には、「このシートをトリクロロエチレン中に約三〇分浸漬し、シート中の石油溜分を除去した。」(六欄四三、四四行)と記載されているように、この例では液状潤滑剤を抽出で除去してから延伸しているのである。このように、抽出除去工程の後に延伸工程を設ける場合でも、低い温度ではあるが加熱してから延伸を行つているのである。

また、延伸と熱処理との関係をみると、未焼結状態の四弗化エチレン樹脂成形物を延伸するときには、大きな歪みが発生する。そのため、熱処理により歪みを確実に取り除く必要がある。この歪みを効果的に除去するためには、歪みを発生させた延伸温度より少なくとも高温で熱処理することが重要となる。延伸温度より低い温度で熱処理して歪みを除くことは、原理的に不可能ではないが、極めて長時間を要するために実効の薄いものである。このような認識を前提にして、熱処理温度「二五〇℃以上三二七℃未満」に対して、これと区別する意味で延伸温度を「二五〇℃未満」と限定したものであり、その間に必然性が存在することはおのずと明らかである。

被告は、熱処理工程と延伸工程とは別個の処理目的をもつてその条件設定が行われるものであり、「熱処理により歪みを効果的に除去するためには、歪みを発生させた延伸温度より少なくとも高温で処理することが重要である」という認識が存在していたものとは認め難い旨主張する。しかし、本件発明において、熱処理の目的が延伸操作により発生した歪みを除去し、延伸した状態に固定するものであることは、本件公報五欄三〇行ないし四四行の記載をみるまでもなく明らかなことであり、(特に、その四二行ないし四四行には、「上記の熱処理(固定ヒートセツト)に引き続き、さらにフリーの状態で加熱処理を行つて若干残つているひずみを除いてもよい。」とあるから、固定ヒートセツトのための熱処理により、大半のひずみが除かれることは明らかである。)、歪み取りのための熱処理温度を延伸温度以下とすることは、歪み取り効果を低下させるばかりでなく、両工程を区別することができなくなり、本件発明で両工程を設けた趣旨にも反することになる。即ち、延伸工程と熱処理工程とを区別するということは、少なくとも、延伸工程で実質的な熱処理が行われないことを意味し、延伸後に実質的な熱処理を行うことを意図したものである。したがつて、熱処理温度を「二五〇℃以上三二七℃未満」とするときには、延伸温度は少なくとも「二五〇℃未満」とすればよいことが判る。このように、熱処理温度範囲の記載は、反射的に延伸温度範囲を開示していることになるので、右延伸温度は、その限定根拠が明らかである。したがつて、右認識が存在しないとの主張は、本件発明の技術の本質を理解しないが故のことであり、失当である。

(二)(出願時の技術水準について)

また、本件公報二欄二八行ないし三四行に、「本発明者等は既に提案した特公昭四二-一三五六〇号公報に記載の方法の改良研究に従事していた処、意外にも該方法の三二七℃(この温度は四弗化エチレン樹脂の転移点)以上で焼結する工程を行わない場合には、極めて秀れた気孔率、通水量、通気度等を有し、しかも加圧融着性を有するストリツプが得られる事実を発見し本発明に到達した。」と記載されているように、本件発明は、昭和四二年特許出願公告第一三五六〇号公報(以下、「先行公報」という。)に記載された発明(以下、「先行発明」という。)の改良発明である。先行発明は、「液状潤滑剤を含む未焼結の四弗化エチレン樹脂混合物を押出または圧延または両者を含む方法にて成形した後、未焼結状態にて少なくとも一方向に延伸した状態で約三二七℃以上に加熱することを特徴とする多孔性構造物の製造法」(先行公報六頁右欄三六行ないし四一行)であり、その実施例1には、「未焼結の四弗化エチレン樹脂粉末であるテフロンNo.6(米国デユポン社製品)一〇〇〇gと約一五〇℃-約二五〇℃の間に沸点を持つ石油溜分二〇〇gとを密閉容器に入れ容器を回転せしめて一様になるよう混和した。得られた混和物をラム式押出機にて押出し厚さ六mm、巾一〇〇mmのストリツプとした。このストリツプをカレンダーロールにて押出方向と同方向および直角方向に圧延して〇・一mm厚のシートとした。このシートを一五〇℃-二〇〇℃の炉中を通して乾燥した後、二五〇%一方向に延伸し金属ドラムの表面に沿わせて約三五〇℃に加熱して白色不透明な四弗化エチレン樹脂シートを得た。」(同公報六頁左欄一一行ないし二三行)と記載されている。即ち、実施例において押出、圧延成形されたシートを、①一五〇℃ないし二〇〇℃の炉中に通す間に石油溜分を除去して乾燥した後、②二五〇%一方向に延伸し、③金属ドラムの表面にに沿わせて約三五〇℃に加熱して焼結していることが分かる。これらの工程は、連続的に通過させることが普通であり、乾燥工程後、常温まで冷却してから延伸することは極めて不自然である。それ故、乾燥工程のシート温度を保持した状態で延伸し、直ちに焼結することが示唆されている。したがつて、延伸温度は、実質的に乾燥温度の一五〇℃ないし二〇〇℃であると解することができる。一方、本件発明は、先行発明の改良発明であり、その改良の要点は、先行発明の熱処理温度を約三二七℃以上として焼結製品を得る代わりに、本件発明では、熱処理温度を三二七℃未満と規定して未焼結製品を得ることにある。そして、本件発明では、四弗化エチレン樹脂に添加した液状潤滑剤を除去する工程、即ち、乾燥工程を延伸の前に設ける場合を含んでいる。それ故、本件発明において、熱処理工程に至る乾燥工程及び延伸工程は、先行発明の条件をそのまま採用することが当然に予想され、これを否定する理由はない。

被告は、本件発明と先行発明とは、最終物質が焼結物と未焼結物と大きく相違していて、その間の個々の製造条件がそのまま本件発明に適用されることを指すものではないと主張するが、最終物質の相違は、熱処理条件の違いに基づくものである以上、先行発明の熱処理以前の工程を本件発明に適用することができないという理由にはならないので、右主張は失当である。

してみると、訂正前の明細書の特許請求の範囲の「未焼結状態で少なくとも一方向に延伸し」との記載は、先行発明と同様に一五〇℃ないし二〇〇℃で液状潤滑剤を除去し、直ちに延伸すること、即ち、延伸温度として一五〇℃ないし二〇〇℃の温度条件を採用し得ることを本件明細書及びそこに引用されている先行公報の記載より十分に読み取ることができるのである。

ところで、延伸温度の上限について、本件審決は、「明細書には延伸温度については何ら説明されておらず、四〇℃で延伸する実施例があるのみである。そこから、「四〇℃付近で加熱延伸」する概念はあるといえても、四〇℃と二五〇℃ではあまりにもかけ離れていて、直ちに「二五〇℃未満に加熱しながら延伸」する技術が記載されていたとはいえない。」と認定している。しかし、右認定は、本件明細書の実施例(抽出除法工程に続いて延伸工程を採用したもの)にのみとらわれ、本件明細書を十分に精査することなく、また、本件発明と先行発明との関係及び先行公報の記載を無視したものであつて到底容認することはできない。

第三請求の原因に対する認容及び主張

一  請求の原因一ないし四の事実は認めるが、五の主張は争う。ただし、五1については後記のとおりである。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法はない。

1  請求の原因五1について

本件訂正が、特許法一二六条一項一号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとの原告の主張は、争わない。

2  請求の原因五2について

(一)原告は、「延伸は、潤滑剤を含む状態でも、蒸発、抽出等によつて除去した後でも行うことができる」旨の本件公報の記載からみて、延伸温度はほぼ蒸発除去工程の温度と解される旨主張する。

確かに、成形物から蒸発によつて液状潤滑剤を除去した後に直ちに延伸する場合は、液状潤滑剤の沸点付近の温度で延伸されることになるが、このような方法は本件明細書にはなんら記載されていない。

原告は、熱効率若しくは熱管理の上から右方法を当然に採用する旨主張するが、延伸処理工程と熱処理工程とは別個の処理目的を持つて行われる工程であつて、右のような潤滑剤の蒸発除去温度下における延伸でもその目的を達成し得るという知見が存在するならばともかく、単に熱効率とか熱管理の観点から右方法が開示されているとはいえない。

したがつて、原告指摘の前記記載は、延伸前に潤滑剤を除去するために加熱される場合もあるということを示唆するにとどまり、これをもつて、延伸温度は潤滑剤の蒸発除去温度であるとはいえないし、それが二五〇℃未満であるという根拠もない。

また、原告は、「熱処理により歪みを効果的に除去するためには、歪みを発生させた延伸温度より少なくとも高温で処理することが重要である」という認識が存在し、それを前提とすれば、熱処理温度「二五〇℃以上三二七℃未満」に対して、延伸温度を「二五〇℃未満」とすることに必然性が存在する旨主張する。

しかしながら、熱処理工程と延伸工程とは別個の処理目的をもつてその条件設定が行われるものであり、熱処理温度と延伸温度との間に原告主張の前記認識が存在していたものとは認め難い。

また、仮に右認識が存在していたとしても、延伸温度の上限値を熱処理温度の下限値に設定することまでも認識されていたとはとうてい認め難く、延伸温度は二〇〇℃未満でも、一〇〇℃未満でもよいわけで、「二五〇℃未満」とする必然性は存在しない。

(二)原告は、本件発明は、先行発明の改良であるから、訂正前の明細書の特許請求の範囲の「未焼結状態で少なくとも一方向に延伸し」との記載は先行発明と同様に一五〇℃ないし二〇〇℃で液状潤滑剤を除去し、直ちに延伸すること、即ち、延伸温度として一五〇℃ないし二〇〇℃の温度条件を採用し得ることを本件明細書及びそこに引用されている先行公報の記載より十分に読み取ることができる旨主張している。

しかしながら、本件発明は、その明細書に特公昭四二-一三五六〇号公報記載の方法の改良である旨記載されているが、それは四弗化エチレン樹脂多孔性構造物を得る方法の改良というだけであり、両者の最終物質は焼結物と未焼結物と大きく相違していて、その間の個々の製造条件がそのまま本件発明に適用されることを指すものではない。

先行公報には、「一五〇℃-二〇〇℃の炉中を通して乾燥した後、二五〇%一方向に延伸し」という記載があることは認められるが、右記載からは、原告主張のような「乾燥後直ちに延伸する」とか、「延伸温度として一五〇℃ないし二〇〇℃を採用する」ことが開示されているとはいえないことは、右記載自体、更に右1で述べたところからも明らかである。

また、仮りに、右記載が一五〇℃ないし二〇〇℃で延伸されることが開示されているとしても、「二五〇℃未満」で延伸することが開示されていることにはならない。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし四の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の本件審決を取り消すべき事由について判断する。

1  本件訂正が特許法一二六条一項一号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは、当事者間に争いがない。そうすると、本件審決が、本件訂正は同法一二六条一項各号のいずれも目的としていないとした認定判断は誤りといわなければならない。

2  更に、本件審決は、本件訂正は同法一二六条二項の規定に適合していないとしているところ、原告は、本件審決の右認定判断も誤りである旨主張するので、更に判断する。

(一)成立に争いのない甲第二号証によれば、本件公報の発明の詳細な説明の欄には、本件発明の方法における未焼結状態の成形物の延伸工程について、「液状潤滑剤を含む未焼結の四弗化エチレン樹脂混和物は押出または圧延または両者を含む方法で成形されるが、この成形は四弗化エチレン樹脂のゲル化温度以下、すなわち約三二七℃以下で、普通は室温付近で行われる」(四欄二行ないし六行)、「次にこのようにして得られた潤滑剤を含む未焼結成形品は少なくとも一方向に延伸される。この延伸は本発明の最も重要とする工程であつて、潤滑剤を含む状態でも、蒸発、抽出等によつて除去した後でも行うことができる。前述のような方法で成形された未焼結成形物は四弗化エチレン樹脂の微細な繊維が密に集合した状態と考えられるが、潤滑剤を含んだ状態では乳白色半透明の概観を呈し、潤滑剤を除いた状態では白色の不透明体であり、これがこの工程の延伸率に応じて適宣の見かけ比重と気孔率とを与える。」(四欄四二行ないし五欄八行)、「延伸率は通常一〇%以上、望ましく四〇~三〇〇%である・・・・・気孔率は延伸率の増加と共に増大し、延伸率を変えることにより種々の気孔率のものが得られる。」(五欄八行ないし一三行)、「延伸は通常一方向に行なうだけで充分であるが、勿論二方向以上に延伸しても差し支えない。」(五欄一九、二〇行)とそれぞれ記載されていることが認められる。延伸工程についての右各記載からは、延伸工程に付される成形品の状態、延伸工程で成形品の延伸に適用される延伸率及び延伸方向等についての一般的な条件が開示されているということはできる。

しかしながら、右甲第二号証によれば、本件公報の発明の詳細な説明の欄には、延伸工程において成形品を延伸するために適用される温度条件については、僅かに、本件公報六欄三三行以下に参考例として、液状潤滑剤として約一五〇ないし二〇〇℃の間に沸点を有する石油溜分を使用した未焼結の四弗化エチレン樹脂粉末の混和物を押出成形して得たストリツプを、二方向に圧延して〇・二mm厚のシートとし、このシートをトリクロロエチレン中に浸漬して石油溜粉を除去し、このようにして調製されたシート「四〇℃雰囲気中で一軸五〇%延伸」を行つた例が記載されていることは認められるが、他に、延伸工程で適用される温度条件を明記した具体的な記載はないことが認められる。そうすると、本件公報の発明の詳細な説明の欄の記載からは、本件発明の延伸工程に適用できる温度条件が「四〇℃前後」の温度条件であることは開示されているということができても、右温度条件以外のどのような温度条件が適用できるかについては開示されていないといわざるを得ない。

(二)原告は、「延伸は・・・・・潤滑剤を含む状態でも、蒸発、抽出等によつて除去した後でも行うことができる。」との本件公報の記載からみて、延伸温度はほぼ蒸発除去工程の温度と解される旨主張する。

本件公報の発明の詳細な説明の欄に、原告指摘の右記載があることは前記認定のとおりである。しかしながら、原告指摘の右記載は、前記認定事実によれば、延伸工程で未焼結四弗化エチレン樹脂構造体を延伸処理する場合、未焼結四弗化エチレン樹脂構造体が含有している液状潤滑剤を蒸発や抽出等の手段によつて予め除去してから未焼結四弗化エチレン樹脂構造体に対する延伸処理を行つてもよい旨を説明しているにすぎず、原告が主張するように、未焼結四弗化エチレン樹脂構造体から予め液状潤滑剤を蒸発除去する場合には、液状潤滑剤を蒸発除去するための加熱によつて高温状態にある未焼結四弗化エチレン樹脂構造体を、そのままの温度条件を維持しつつ延伸工程に送り、右の高温状態で四弗化エチレン樹脂構造体を延伸処理することまでを説明しているものとは解されないから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、右の点に関連して、後段に高温の熱処理工程を控えている場合には、蒸発除去工程からの熱を保有する被処理物をそのまま延伸し、後段の高温熱処理工程に送ることが、熱効率若しくは熱管理の上から当然に行うことである旨主張するが、本件発明の延伸工程を蒸発除去工程で供給された熱による高い温度条件下で実施できることが当業技術者にとつて自明の技術的事項であることを肯認するに足る証拠はないから、原告の右主張も採用できない。

更に、原告は、「熱処理により歪みを効果的に除去するためには、歪みを発生させた延伸温度より少なくとも高温で処理することが重要である」という認識が存在し、それを前提とすれば、熱処理「二五〇℃以上三二七℃未満」と記載は、反射的に延伸温度を「二五〇℃未満」とすることを開示していることになる旨主張する。

しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本件発明における延伸工程は、未焼結の四弗化エチレン樹脂シートの気孔率を増大させる目的で行われるものであり、熱処理工程は、右延伸によつて生じた状態に固定する目的で行われるものであることが認められるので、両工程は、おのおのその処理目的が異なるものであるから、その処理条件はそれぞれその処理目的に応じ別個に設定されるものと認めるのが相当であるところ、本件出願当時、原告主張のように「熱処理により歪みを効果的に除去するためには、歪みを発生させた延伸温度より少なくとも高温で処理することが重要である。」という認識が存在したことを認めるに足りる証拠はない(原告指摘の本件公報五欄三〇行ないし四四行の記載によつてもこれを認めるに足りないし、かえつて、延伸温度より低い温度で熱処理して歪みを除くことは原理的には不可能ではないことは、原告の自認するところである。)から、原告の右主張は採用できない。

(三)次に、原告は、本件発明は先行発明の改良発明であるから、本件発明の熱処理工程に至る乾燥工程及び延伸工程に先行発明の条件をそのまま採用することが当然に予想され、その場合、訂正前の明細書の特許請求の範囲の「未焼結状態で少なくとも一方向に延伸し」との記載は、先行発明と同様に一五〇℃ないし二〇〇℃で液状潤滑剤を除去し、直ちに延伸すること、即ち、延伸温度として一五〇℃ないし二〇〇℃の温度条件を採用し得ることを本件明細書及びそこに引用されている先行公報の記載より十分に読み取ることができる旨主張する。

そこで検討するに、成立に争いのない甲第三号証によれば、先行公報には、「液状潤滑剤を含む未焼結の四弗化エチレン樹脂混和物を押出または圧延または両者を含む方法にて成形した後、未焼結状態にて少なくとも一方向に延伸した状態で約三二七℃以上に加熱することを特徴とする多孔性構造物の製造法」(六頁右欄三六行ないし四一行の特許請求の範囲第1項)の発明が記載されていること、右発明の製造方法は、「本発明の多孔性構造物の製造においては少なくとも一方向に延伸した状態で約三二七℃以上に加熱される。・・・・・このように延伸された状態で約三二七℃以上に加熱された成形品は焼結されて連続組織となる事なく、多孔性構造を保持したまま著しく機械的強度が改善される。」(三頁右欄一行ないし七行)と記載されていることがそれぞれ認められる。右事実によれば、先行発明は、成形品を延伸した状態で四弗化エチレン樹脂が非結晶状態となる三二七℃以上の温度で加熱焼結して製品を製造する方法であることが認められる。これに対し、前掲甲第二号証によれば、本件発明は、延伸状態にある成形品を加熱処理する温度が三二七℃未満であり、したがつて、未焼結の四弗化エチレン樹脂で構成されている多孔性構造物を得る方法に係る発明であることが認められるから、先行発明と本件発明とは、四弗化エチレン樹脂多孔性構造物を得る方法である点で一致するものの、最終製品が焼結製品と未焼結製品である点で相違するものであるから、両発明は異なる発明であるといわなければならない。そして、焼結した製品の製造過程で採用される各種製造条件が、未焼結製品の製造過程で採用される条件と同一であるとする証拠はない(原告指摘の本件公報二欄二八行ないし三四行の記載によつても右事実を認めることはできない。)

そうすると、先行公報に記載されている焼結製品の製造過程で採用されている延伸工程における延伸温度条件が未焼結製品を製造する過程における延伸工程の延伸温度条件としてそのまま適用できることを肯認するに足る技術的根拠ないし証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

(四)以上検討したところによれば、本件発明の延伸工程の温度条件には、「二五〇℃未満に加熱しながら」という条件が含まれていたとは認められないから、本件訂正は、本件発明の技術的内容を拡張し、又は変更するものである。したがつて、本件訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるといわざるを得ない。そうすると、「本件明細書の記載を検討しても前記要件の「未焼結状態で少なくとも一方向に延伸し」という概念中に「二五〇℃未満に加熱しながら」という概念は含んでいたとは認められないから、本件訂正は特許法一二六条二項の規定に適合していない。」旨の本件審決の認定判断に誤りはなく、本件訂正は認めることができないとした本件審決の認定判断は相当である。

三  以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋吉稔弘 裁判官 西田美昭 裁判官 木下順太郎)

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